PBL(Project Based Learning)の成功と失敗

こんにちは!
ウエダです。
私は、大学は関係ない自主的なゼミ(コミュニティ?)に入っているのですが
定期的に、集まってみんなで何かの話題を議論したりします。

今日は、神戸の中高一貫校の先生がわざわざ来てくださり、
先生が授業で中学生に実践されている「PBL(問題解決型学習)」について
お話をきき、議論しました。

問題解決型学習(PBL)とは?

問題解決型学習(Project Based Learning)。これは別名「課題解決型学習」とも呼ばれ、知識の暗記などのような生徒が受動的な学習ではなく、自ら問題を発見し解決する能力を養うことを目的とした教育法のことを指します。生徒自身の自発性、関心、能動性を引き出すことが教師の役割であり、助言者として学習者のサポートをする立場で学習を進めて行きます。
また正しい答えにたどり着くことが重要ではなく、答えにたどり着くまでの過程(プロセス)が大切であるという学習理論のことで、1900年代初頭アメリカの教育学者ジョン・デューイが初めて教育現場で実践に取り入れたとされています。

https://career-ed-lab.mycampus.jp/career-column/168/

私自身、「PBL(ピービーエル)」という言葉は初めて聞いたのですが
「プロジェクトベースドラーニング」と聞くと、自分自身も、大学のゼミでやっていました。

その先生の授業では、地理の授業の応用で、生徒たちが自分の住む街のことを考え、課題を見つけ、解決策を企画して企画書を作る。
そしてコラボしたい企業に、生徒自身が連絡・アタックする。
コラボしてくれる企業と、ターゲットやパッケージや価格設定を決める。
なんと、実際に商品化までする。
そんな、ガチな商品開発を、中学2年生で、自主的に成し遂げたというのです。

それを聞いて、衝撃的でした。
現代社会の教育は、きっと、本質を見失っています。

だから、学生時代に習ったことはほとんど忘れて、必要なことだけ大人になって学びなおす羽目になるのです。

これを、その先生は「学校化された学びの弊害」と呼んでいました。

そんな中で、「教科教える」ではなく「教科教える」という話が
とても感服しました。

いい企業に入るため
いい大学に入るため
受験に成功するため

そんな勉強の形は、てっぺんの「いい企業」という概念が崩れ始めた今、
変わってくるのだろうなと。

やはり一般的には、大学進学率のいい、実績のある学校が人気かもしれませんが
自分が子供を入れるのならば、
このような社会に繋がった実践的な学びの場
(受動的な講義ではない、アクティブラーニングなど)
ガ多く用意されている学校がいいなあ、と思いました。

そもそも、中学2年生のみんながどうしてこんないいプロジェクトを0から成功させられたのか?

先生に聞くと、
「特に何もしていない」と。笑
しかし唯一大切なのは、
「井戸端会議になりそうな時に、ファシリテーションをして行くこと」
だそうなのです。

これを聞いて、私は激しく同意しました。

なぜなら私は、ついこの間までのゼミでの
PBLの授業で大失敗という経験をしたからです。

私の大学のゼミでは、後期の30コマ×90分という時間
ある企業とコラボしてプロジェクトを行うというものでした。

決まっているのは、その企業とコラボすることだけであり、
プロジェクト自体、何をするかは全く決まっていないところからのスタート。

結局、ゼミ内で興味関心ごとに3チームに別れて、
各々が別の課題を解決するプロジェクトで進むことになったのです。

我々の班は、「環境問題」を取り扱うことになりました。
(本当は、自分のテーマである地方創生をやりたかったが
他にメンバーがおらず、消去法でした。。)

この環境班では、1人が、今の地球がいかにやばいか、
今我々の世代が動かなければ、地球は終わってしまうこと
などを熱弁してくれたのです。
なので私は、こんなに本気な子がいるなら、
一番いいアウトプットができるはず、本気でプロジェクトができるはず!
と、ワクワクしていたのです。

しかしいざ、毎週のゼミの時間では、集まりも悪ければ、
話し合いが全く進まなかったのです。

最初は何か実際に売り出すところまでやろう、と言っていた我々の班でしたが
結局、最終的には、口だけの、その場限りのプレゼンで終了しました。

せっかく、大企業がコラボしてくれると出てくれたにもかかわらず
ろくに結果を出せず、もはややる気のないプレゼンで終わってしまったのです。

これの敗因は、私の中でははっきりしていて
「ファシリテーターがいないこと」だと思っています。

最初はやる気MAXだったみんななのに、ミーティングを重ねるうちに、意見がまとまらず収拾のつけ方もわからず、誰がまとめるのかも定まらないので
アイデアの批判などが始まる。
批判ですぐにアイデアや意見は消され、しかし新しい意見は出てこない。
そのうち誰も考えられなくなり、
そうしてだらだらと、スマホを見たり関係のない話をしながら無駄に長い90分×2コマの時間が毎週過ぎていく。

こんな無駄な時間を過ごすことから修正ができず、
先生は4年生の卒論への対応で忙しいため、一ヶ月に1回の進捗報告のみ。
その報告のために、直前のわずかな時間だけを使って無理やり考えた案で進めていくだけ。

こうなってしまうのは、ミーティングの仕方が下手くそだったと思います。

「アイデアをとにかく出す時間は、できるできないは考えずに、批判もなしで
とにかく数だそう」とか、何かしらやり方はあると思うのですが
それを誰がいうか?誰が言ったらみんなが採用するのか?

そんなところが、曖昧で難しいのです。

皆同じ大学3年生。
ゼミでしかほぼ顔を合わさない関係で、お互いのこともそんなに知らないメンバー。
価値観も、今熱量込めて取り組んでいることも何も知らない中で、
誰がどんなポジションを務めるのかがわかりません。

これが、会社だったら、チーム内には部長がいて、その他メンバーがいて、
話の方向性は部長やそのMTGのファシリテーターが引っ張っていくはずです。

本来、このゼミでも、先生がもっと密に関わり、話し合いの中で戸惑っている我々に、ファシリテーションで道を作ってくれたら、変わっていたのではないかと思います。

先生のせいにするのは大学生にもなって恥ずかしいですが、
実際、役割分担もろくにわかっていない、上下関係も何もなく、お互いのことをわかり合っていないメンバーでは、
誰かがファシリテーションをするのも難しいと思いました。

一つだけ自責にするのならば、
私は、特にその力が足りないのは実感しています。

その場の空気を作っていい方向に持っていくようなファシリテーターになるには、それなりの発言力や信頼が必要だと思いますが
私は奇抜な意見をポンポンいうのですぐにそれが否定されてしまい、
発言力を失う傾向にあるのです。。

(もっとファシリテーションを学ばねば、、、!)

我々のゼミは、あまり何かを研究したいというような人はいないように思います。
皆、単位のために、友達に会うために、集まっているだけのようでした。
このように目的のない集まりでは、何か1つのことを、しかも自主的に・自由に
やるPBLは大変難しいと体験したのです。

綺麗なプロジェクトとは、みんなで追いかける1つのビジョンが明確な会社やチームだからできるものであると思います。

やはり何事も、やらされていたり、目的がないとなあ
と、思うキョウコノゴロ。

少し批判的な文章になってしまい、申し訳ありません。。。


教育・学びというのは、難しいなあ
といっぱい考えられた時間となりました!

教育も、どんどんアップデートされていい世の中になっていくことが楽しみです!

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